みなさんこんにちは。
今回は2017年のノーベル化学賞「クライオ電子顕微鏡の開発」について書きたいと思います。
実はこっそりブログのメニューに「ノーベル化学賞」の項目を追加しました。少しずつこの項目に追加の記事を書きリンクを増やしていきたいと思います。
2017年ノーベル化学賞
2017年のノーベル化学賞ですが、「クライオ電子顕微鏡の開発」で受賞されました。さて一体クライオ電子顕微鏡とはなんでしょうか。
まず「クライオ(Cryo)」ですが「低温」を意味します。「電子顕微鏡」は電子線をあててものを拡大してみる顕微鏡となります。一方で一般的に顕微鏡といわれるものは、「光学顕微鏡」であり、物体に光(可視光)をあて、観察対象を拡大します。
ここで「電子顕微鏡」になじみがない人が多いと思いますので、簡単に紹介します。電子顕微鏡は、先ほども説明しましたが電子線をあてて観察対象を見ます。電子顕微鏡には大きく分けて、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)と走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)の2種類があります。
TEMは観察対象に電子線をあて、透過した電子線を結像することで対象の構造や電子状態を知ることができます。
一方、SEMは真空中の観察対象に電子線をあて、試料に電子線が衝突して発生した二次電子を検出することで、対象の情報を知ることができます。名前の通り、走査(色々な場所に電子をあてる)することで、試料全体の二次電子を検出し、構造がわかります。
つまりクライオ電子顕微鏡とは、低温で電子顕微鏡を使う方法となります。
さて、ノーベル賞をとるほどほどの功績とは一体何でしょうか。
化学の研究として、タンパク質の構造を研究する構造生物学というものがあります。タンパク質の構造を知ることは、タンパク質の機能を知る上で非常に重要です。タンパク質の機能がわかれば、それが病気に関わるかどうかもわかりますし、どういうものと相互作用するかも予測することができます。例えば、薬の開発にも役立ちますし、病気の原因解明にも利用することもできます。
例えば下記画像はインフルエンザウイルスの表面抗原である、「ノイラミニダーゼ」というタンパク質の構造です。すでにどのような構造かは明らかとなっています。
「クライオ電子顕微鏡」では、タンパク質の構造を比較的容易な方法で、ある程度詳細に解析することができます。そのため、ノーベル化学賞を受賞したと思われます。
タンパク質の構造解析法として、一番有名なのがX線構造解析です。これはタンパク質の結晶さえとってしまえば簡単に構造がわかりますが、結晶をとるのが非常に困難なことが問題です。他にタンパク質構造解析に利用されているのが、核磁気共鳴スペクトル(NMR)です。NMRでは、溶液中でも構造を解析できますが、分解能が低い(タンパク質の構造が詳しく分からない)という問題点があります。
一方でクライオ電子顕微鏡では、分解能がある程度高く、さらには結晶化する必要がないという利点があります。
2017年ノーベル化学賞を受賞した人は、ジャック・ドゥボシュ氏とヨアヒム・フランク氏とリチャード・ヘンダーソン氏です。
リチャード・ヘンダーソン氏の功績
リチャード・ヘンダーソン氏は、ケンブリッジ大学でX線構造解析の研究により博士号を得ました。1970年代にはX線構造解析がタンパク質構造解析の主流でしたが、その中で1930年代に開発された電子顕微鏡に目をつけました。研究対象としては、光合成を担う膜タンパク質であるバクテリオロドプシンを選びました。ヘンダーソン氏と同僚たちは、真空中で乾かないようにグルコース溶液中で、弱い電子ピームによって構造解析を行いました。
結局は、低いコントラストにより分子までは見ることができませんでしたが、タンパク質が規則的に配向していることがわかりました。そのため電子回折パターンに基づいて、X線構造解析で使用していた数学的アプローチにより詳細な構造を計算することができました。
様々な角度で同様の測定を行うことで、下左図のような3Dモデルを1975年に描くことができました(解像度7オームストロング)。15年後の1990年には、右下図のようなタンパク質モデルの原子構造(解像度3オームストロング)まで得ることができました。
ノーベル賞公式ホームページより画像を引用
しかし、バクテリオロドプシンは構造が規則的に並んでいたため構造を計算できましたが、一般的なタンパク質では規則的にならんでいないため、同じように測定することができません。
ヨアヒム・フランク氏の功績
ヨアヒム・フランク氏は、先述した問題に長い間取り組んでいました。1975年に電子顕微鏡の二次元データを組み合わせることで、三次元全体の構造を予測できると理論を立てました(下図)。その原理を次に示します。
- 最初にランダムに配向したタンパク質に電子ビームをあて、二次元の画像イメージをとります。
- 似たような構造の二次元画像をまとめ、その平均的な二次元位置を算出することで、より鮮明な座標を得ます。
- タンパク質の数千もの異なる画像をあらゆる角度からとることで、二次元の高解像度の画像を得ます。
- 得られた二次元画像を組み合わせることでそれぞれの配置を計算し、高解像度の三次元画像を得ることができます。
ノーベル賞公式ホームページより画像を引用
簡単にまとめると、様々な方向からタンパク質の二次構造をとりその構造を基にして、三次構造を強引に計算する方法です。ちなみに1981年にソフトウェアのアルゴリズムが完成しました。
しかし、電子顕微鏡を扱う上で問題となることが、真空中でサンプルを乾燥させないこととタンパク質にダメージを与えないことでした。
ジャック・ドゥボシュ氏の功績
1975年にヘンダーソン氏は、グルコース溶液を使用することで膜タンパク質が乾燥することを防ぎましたが、水溶性のタンパク質ではうまく機能しませんでした。そこで他の研究者たちはサンプルを凍らせることで
対処しようとしましたが、氷の結晶により電子ビームが散乱することでうまく画像を得ることができませんでした。
しかしジャック・ドゥボシュ氏が解決法を見出します。その方法が水を急速に冷却させることで液体の形を保持したまま固形化し、結晶ではなくガラスを形成させることでした。ガラスは固体のように見えますが、分子が流動的に動くため、固体とは別物です。そこでドゥボシュ氏は、ガラスを形成した水を得ることができれば透明であり、電子ビームが均一なバックグラウウンドで測定できると考えました。最初研究グループは、液体窒素中で-196℃の水をガラス化しようとしましたが成功しませんでした。エタンの-190℃のときのみ、液滴がわずかに温まることで分子が再配列し氷晶が形成されました。これが1982年のことです。その方法が以下の方法です(下図)。
- サンプルを金属のメッシュに通すことで余分な水を取り除きます。
- 薄いフィルム上にしたサンプルを-190℃のエタンで凍らせます。
- 水は試料の周辺でガラス化し、測定中は液体窒素で冷却します。
ノーベル賞公式ホームページより画像を引用
1984年にドゥボシュ氏は多くのウイルスの画像を公開しました。簡単な方法で調製された生体分子材料は電子顕微鏡により測定することができ、多くの研究者者がドゥボシュ氏を訪れました。
このようにして、クライオ電子顕微鏡による測定法が確立されましたが、画像の解像度は低いままでした。1991年にヨアヒム・フランク氏が、リボソームの測定を行い40オームストロングの分解能を有する三次元構造を得ました。クライオ電子顕微鏡にとってこれはかなりの進歩でしたが、しかしX線構造解析と比べると非常に低解像度でした。
2013年に新しいタイプの電子検出器が開発され、高解像度のタンパク質構造を得ることができるようになりました。下図が2013年以前の構造と現在の分解能を示しています。
ノーベル賞公式ホームページより画像を引用
現在の科学技術は日進月歩で日々開発が進んでいます。例えば文中で紹介したX線構造解析は1936年にノーベル化学賞を受賞しており、一方でNMRは1991年にノーベル化学賞を受賞しました。そして今回クライオ電子顕微鏡は2017年のノーベル化学賞を受賞しました。100年前は、こんなに生体内に多様な分子が存在するとは考えられてはいませんでした。しかし現在では、各タンパク質の構造が明らかになり、さらに個人のDNA配列までもがわかる時代となりました。本当に日々素晴らしい技術革新が進んでいると感じます。将来は、テーラーメイド治療など今よりもさらに想像もできない時代になるでしょう。これからも定期的に化学(科学)に関する記事を書いていきたいと思います。
なお今回の記事はノーベル賞のオフィシャルサイトを参考にしました。画像もここより引用しております。
➡︎https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2017/press.html
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